※「1.諸言」のみ掲載。校正前のもの。引用等は『生存学』№3をご購入のうえ当該論文をご活用ください。
心神喪失者等医療観察法とソーシャルワークとの親和性について
樋澤 吉彦
1.緒言:本稿の目的と問題関心
本稿は、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(二〇〇三年七月成立、二〇〇五年七月施行。以下、医療観察法と略す)に対して懐疑的な立場1)を維持しつつ、本法を稼働させる重要な担い手の一人となった精神保健福祉士(以下、PSWと略す)およびその職能団体である日本精神保健福祉士協会(以下、PSW協会と略す)の活動と医療観察法との親和性について検討することを目的としている。
生活に「課題」をかかえる人に対する「生活支援」の方法・技術であるソーシャルワークを主専攻とする筆者の問題関心の基底には、一般的に行為様態それ自体「善」とみなされているソーシャルワークの根拠原理と処遇要件の妥当性への問いがある。筆者はこれまで、①社会福祉や医療の現場において一般的に忌避されるべきとされているパターナリズム/パターナリスティックな介入行為は、ソーシャルワークにおける重要な価値基盤のひとつである「自己決定」を推し進めるうえで条件つきで必須の原理かつ行為形態であることを提示し、被介入者(クライエント)の本来的な自由を護るための介入(パターナリズム/パターナリスティックな介入行為)はやむを得ないが、「本来的な自由」の振幅、すなわちそれを最大公約数的(生命の保護)に捉えるか、反対に広範囲且つ微細にわたるもの(生活支援)として捉えるかにより、そのつど介入の根拠原理と処遇要件の妥当性を検討する必要があることを示した(樋澤[2003]、同[2005a]、[同2005b])。さらに、②介入根拠を考える際の具体的事象として医療観察法をとりあげ、PSWがこの法律に関わることにより危惧されるPSWの価値の揺らぎの懸念を表明した。またPSWの基盤である社会福祉の価値との重いジレンマに対峙しつつも本法には関与せざるを得ないことを述べた(樋澤[2008])。
一般的に処遇要件という場合、介入する側の前提とする価値や理念もしくは制度や専門性から被介入者の目標や将来像を導出し志向する際、その阻害要因が被介入者に存在している状態と説明される。またその阻害要因はスクリーニングにより除去もしくは変換が可能なものと判断されることが前提となる。ソーシャルワークの場合、被介入者(クライエント)の目標や将来像は、何らかの課題を抱える被介入者が自らの意思・判断により自らが望む「ライフスタイルの獲得」2)ということになる。これに向けての解決可能な阻害要因(ヒト/モノ/カネにまつわる種々の課題)の存在がすなわち介入の要件となる。阻害要因が存在しない場合、あるいは除去もしくは変換が不可能な阻害要因が存在していると判断された場合は、要件未充足となり介入は行われないことになる。
医療観察法はその検討過程において、処遇要件が「再び対象行為を行うおそれ」(再犯のおそれ)から「再び対象行為を行うことなく社会に復帰するための医療の必要性」(社会復帰のための医療の必要性)へと修正された。具体的には、疾病性、治療可能性、社会復帰(阻害)要因の三点が一定基準以上存在することが審判で認められた場合に医療観察法の処遇が開始される。この三要件は、(一)当該対象者が対象行為を行った際の心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害と同様の精神障害を有しており(疾病性)、(二)そのような精神障害を改善(病状の増悪の抑制を含む)するために、本法による医療を行うことが必要であること、すなわち、その精神障害が治療可能性のあるものであり(治療可能性)、(三)本法による医療を受けさせなければ、その精神障害のために社会復帰の妨げとなる同様の行為を行う具体的・現実的な可能性があること(社会復帰(阻害)要因)と説明される(吉川[2007:27])。
PSW協会は、三点目の社会復帰(阻害)要因の除去もしくは変換を担う最適な専門職はPSWであるとして、医療観察法への積極的関与のための働きかけを戦略的に行った。そしてこの戦略は医療観察法成立に邁進していた側にとって、本法につきまとう保安処分性の濃度を薄めるための有効且つ都合のよい戦術として援用されたと筆者は考えている。社会復帰(阻害)要因の除去もしくは変換はソーシャルワークの文脈で換言すれば「生活支援」である。「生活支援」はソーシャルワークにおける主要な役割であり、PSW協会のとった戦略も自らの専門性を愚直に推し進めるために必然的な方策であったとも言える。
しかし本法における社会復帰(阻害)要因は、紛れもなく「再び対象行為を行うおそれ」、すなわち再犯のおそれである。本法の枠組みにおいて「社会復帰」している状態とは「再び対象行為を行」なわないように生活を送ることができている状態ということであり、社会復帰の阻害要因である「再び対象行為を行うおそれ」の「具体的・現実的な可能性」の除去に努めることが本法の枠組みにおけるPSWの役割であり、すなわち「生活支援」と言うことができるのである3)。しかしながらPSWはそのこと自体の是非をあまり問うことはせず、その先にある当該者の未来、すなわち再び対象行為を行うことを防止することは(ア)対象者本人の利益(すなわち、対象行為(重大犯罪)を起こさないで生活を継続するという消極的な利益)のためであり、(イ)社会の側の利益(対象者が再び対象行為を起こさないよう入院処遇を含めた対象者に対する再犯防止措置による地域社会の安全の確保という積極的な利益)はいわば反射的利益に過ぎない、という主張をもとに本法に積極的に関与することになるのである。
上述拙稿で述べたように、筆者はこのことをもってPSWは医療観察法と決別すべしと提案する立場ではない。筆者は、医療観察法とPSWの活動とは親和性という観点からは程遠いものであり、またそうあらねばならないと考えている。しかし制度運用の現状を考えた場合、PSWはすでに本法の枠組みから逃れられる状況には無い。そうである以上PSWは、本法の枠組みにおけるソーシャルワーク活動には前者(ア)のみならず後者(イ)が必然的に含まれることを自覚するとともに、自身の活動の価値基盤を根底から覆される可能性と対峙する覚悟をもって、本法に関与せざるを得ないと考えている。
しかし、本稿で取り上げる医療観察法におけるPSWの役割に関する論考の多くは、前者(ア)への傾注をもって、後者(イ)との難儀なジレンマを相殺できるかのような議論が主流となっている。その先に容易に想定できるはずの地域の治安維持機能強化への加担に対する「負い目」はあまり感じられない。筆者はここに本法とPSWとの親和性を見出すのである。
本稿では上述の拙稿①、②を敷衍しつつ、(一)医療観察法制定までの経緯の整理、(二)PSW協会の対応と見解についての整理、(三)特に本法の枠組において主にPSWが担うことになった保護観察所における社会復帰調整官および精神保健参与員業務の性質に関する論考分析、を通して医療観察法とPSWとの親和性について整理・検討を行う。
研究業績